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表紙写真


『伊那谷の田んぼの生き物』

四方圭一郎 編
飯田市美術博物館 発行
2004年7月
1400円+税

二四七種!深淵な田んぼワールド

 二〇〇一年春、NPO法人「農と自然の研究所」が発行した「田んぼのめぐみ台帳―生きもの編―」は、宇根豊さんから私達へ届けられた、新たな田んぼワールドへの招待状だった。私達はそれから、稲を育てるための作業以外に生き物をみる時間を田んぼで過ごすようになった。みえてきた新たな世界は、複雑であり、混沌であり、深淵であり、不可解であり、それでいてあたかもその状態がすでに完成された極相林のようでもあった。  田んぼは、農家が稲を育てるための空間である。自然的環境という視点でみると、四季の移り変わりの中で湿地、草地、裸地とめまぐるしく変化する上に、荒起こし、代掻き、農薬散布、稲刈りなどの人為的な撹乱が度々ある特殊な環境といえる。だから田んぼは生き物達にとって、決して住み易い環境ではないように思われ、稲を育てるためだけの人工的環境という認識が広まっている。
 しかし、自分の田んぼに網を入れてみれば、それが誤った認識であることを思い知らされる。実際、田んぼには、その特殊な環境に見事に適応した生き物達がたくさんいるのだ。
 そしてそれらの生き物を自分の目で正確に捕らえることができるようになると、長い時間をかけて育まれてきた、田んぼという環境を媒体とした、人間と生き物との密接な繋がりがみえてくる。それは害虫、益虫という人間本位の価値基準による単純なものではなく、人間をも含んだ複雑で大きな広がりをもった、網目状に展開された関係性である。

 本書は、二〇〇四年夏に開催された飯田市美術博物館の企画展「ひと・むし・たんぼ」に合わせて発行された、伊那谷の田んぼの生き物を知るためのガイドブックである。伊那谷の有機農家が中心になって立ち上げた「ひと・むし・たんぼの会」が調査・情報収集をし、飯田市美術博物館の学芸員である四方圭一郎氏が執筆、編集した。また掲載写真の多くは自然写真家である久野公啓氏のものであり、秀逸である。
 写真で掲載できた種数は二四七種あり、伊那谷以外の地域でも十分に活用できるものと思われる。
 また、害虫、益虫という分類に囚われず、「ただの虫」を中心に編集されているのが本書の特徴である。これは農家だけでなく、一般の人にも田んぼの生き物達に触れ、純粋にそれらを眺めてほしい、さらに日々食卓にのぼる米に、それを育てた農家に、それが育った田んぼに、そしてこれからのこの国の稲作農業にまで思いを巡らせて貰いたいという意図がある。
 農業は自然と深く結びついた産業である。だから農家が自然を知ることは大切なはずである。農業とは無関係にみえる「ただの虫」一匹が、まさに自然そのものであり、それを知ることが身近な自然を知ることに繋がるのである。有機農家には一読して貰いたい。

(瀧沢郁雄/ひと・むし・たんぼの会)

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