
発行 三省堂/166頁
定価 1300円+税
畑の地雷を掘る地雷掃除人
カンボジアで一人で「2万個」もの地雷処理をしながら、アンコールワットのそばの自宅に「地雷博物館」を作り、地雷で手足を奪われた子供たちを育てているアキラ(正式にはアキ・ラー)という名のカンボジア人(32歳)の壮絶な半生の自伝である。
本書を読んで、「戦争」と「軍隊」が何にもまして「生命と環境の最大の破壊者」であることを再確認させられた。と同時に、アキラが戦争と地雷の恐怖の経験を突き抜けて辿りついた生き方に感動した。そこに有機農業の思想に通じる深いものを感じた。
カンボジアは、19世紀後半から20世紀のほぼ終わりまでをフランス、日本、アメリカ、ベトナムなどの強国に絶え間なく侵攻され続けてきた。その影響下で、1970年以降、ポル・ポト軍、ベトナム軍、カンボジア政府軍の三つ巴の内戦が続いた。
アキラは、内戦時代が始まった1973年頃に生まれ、5歳でポル・ポト軍に父母を殺された。その後、10歳から10年間、選択の余地もなく少年兵として地雷を埋めながら、ポル・ポト軍、ベトナム軍、カンボジア政府軍の間を転々と生き延びてきた。その想像を絶する経験が終わったのは、アンタック(国連カンボジア暫定統治機構)がカンボジア入りした1993年である。
アキラはアンタックのもとで地雷処理を始めることによって、生き方を一変する。アンタックで様々な国の人に出会い、いろいろな生き方があることを知り、「生き方は自分で選べるのだ」ということが分かったからである。
アキラは、軍隊とはどんなものか徹底的に見つめ続けた。そこが凄い。―どのような軍隊にも正義はない。軍隊は人の命を守らない。「教え込む」という「教育」が人を生かすことにはならない。
このアキラが学んだことは、軍隊も国家も「システムの論理」で働いており、人間の論理や地域社会を生かす論理とは別であるということである。「弱いものいじめ」に馴れ、意味を問うことなく「勝ち組み」に雪崩れを打って走る今の「危うい日本人」への重大な警告を、本書は突きつけている。
アキラが自分で選び取った生き方は、「子供たちが末永く生きていけるように、安全な国にする」ということである。アキラの言う「安全」とは「永続性・更新性・持続性」であり、生命系を大切にすることである。
それは「より早く、より便利に、より多く」を目指す「積極的」な近代的進歩主義とは違う。破壊しない、奪わない、迷惑をかけない」という一見「消極的」にみえる「共存」あるいは「共貧(分かち合い)」の思想である。それが平和の基礎である。
アキラは言う。「偉くなりたくない。有名にもなりたくない。普通の人、一人の村人として行きたい」。それは有機農業の生き方と共鳴するものであるように思える。
なお、本書を企画し、アキラに出会い、精力的に現地取材し、アキラや地雷博物館の子供たちの声を活字にした編集者は、あの『有機農業の辞典』(三省堂)を世に送り出した阿部正子さんである。阿部さんの編集者としての凛とした生き方がこの本にも現れている。
(多辺田 政弘)