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『アジアの復権 』
―成長の文明か共生の文明か―

中屋敷 宏 著
本体1762円+税
農山漁村文化協会 刊

 「アジア」という言葉を聞いて、われわれは何を思うのだろうか? 私もそうだが、「アジア」という言葉を聞くと中国やタイなどの東南アジアの国々のことだと思っている。「アジア」と聞いて「ああ自分のことだ」と感じる日本人はほとんどいない。それほどまで日本人にはアジア意識がない。
 「脱亜入欧」という明治のスローガンを掲げて以来、日本は常にアジアでなくなろうとして来た。日本は「西洋化」と「工業化」を善として、経済の発展というニンジンをめがけて走ってきた。だが、今、時代は行き詰まりをみせている。
 本書の著者は、環境問題と国際テロに典型的に顕れているように、ヨーロッパ文明の展開段階としてある「近代」という時代と文明は終わった、これからは、新しい原理をもつ時代と文明を築かなければ人間と人類の未来はない、という認識から、「共存」と「共生」の原理をもつアジアの文明に着目する。そして、肝要を押えた書物を例示しながら、次のように論を展開する。
 地球を覆っている「近代化」の流れは、その根底に、「自由な個人」「合理主義」そして「人間中心主義」という思想が流れている。その「自由な個人」が“熾烈な競争社会”をつくり、「合理主義」が“効率主義”を生み、「人間中心主義」が“開発”と“自然破壊”をもたらした。こうした事実は資本主義という「進んだ」文明には未来がないことを示している。そして「成長」という名の「破壊」をもたらす「進んだ」ヨーロッパ文明に対して、常にアジアは「遅れた」文明と規定され続けてきた。しかし落ち着いてよく見れば、アジアはかつての日本がそうであったように、自然と「調和」し「安定」した文明であった。つまりアジアには「共生の文明」があったのである。
 歴史はヨーロッパがアジアを侵略し(日本もアジアを侵略した)、アジアの思想を封印した。そして、今やグローバリズムという「競争思想」の渦に地球全体が巻き込まれようとしている。しかし、一方でこのヨーロッパにおいても「成長の文明」の反省はエコロジー運動となって現れている。日本においても、深い地層から湧き出したような人々の動きが出てきている。著者は、このような「希望の芽」を育てていくことが、確かな未来につながると述べている。
 一読しての感想は、まずわれわれ自身が成長と競争という思考の枠組みを共生と安定という思考に変換していくことが著者のいう「アジアの復権」につながるのではないかということである。そして、われわれにとってのアジアの復権とは、すなわち「有機農業の復権」である。
 明治以前の伝統農法は自然との調和を第一とした有機農業の原型である。このアジア的農法が西洋化と工業化よって農薬漬け、化学肥料漬けの農業に歪められた。これが農業の「近代化」の正体であり、いまや「慣行農業」と言われるまでに日本の大地に染み付いた。そしてこの行き詰った「慣行農業」からの脱却は、単に農薬と化学肥料からの脱却だけでなく、その根底である「競争と市場の原理」「効率主義」「成長・進歩思想」からいかに脱却するかが問われている。
 この書を読むと、そのことがはっきり分かる。著者の中屋敷先生は日本有機農業研究会の幹事でもある。

(舘野 廣幸)

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