キャサリン・M・コットン 著
木俣美樹男・石川裕子訳
2004年、416頁
本体5800円+税
八坂書房刊
「民族植物学」は日本ではいまだ聞きなれない領域であるが、伝統的な生活を大切にしている地域住民や先住民の智恵の体系を主に文化人類学と植物学の手法で明らかにして、地域自然と社会の共生的生態系を保全しながら、日常生活や産業に役立たせることを目的とした学問であり、環境学の基礎をなす一領域として位置付けることができる。言いかえれば、民族植物学は日々の暮らしと生命、文化と自然を大切にしようとする有機農業と大いに相通じる思想をもっており、持続可能な社会、環境と文明のあり方に有意義な道筋を示そうとしている。意外にもかなりの数の欧米研究者たちが中心となって、地域住民と先住民の伝統的智恵をフィールド調査や実験研究した結果、高く評価して、再創造、伝承することの緊要さ、および日用品、健康医薬の有効な開発法などの実用的な提案もしている。ハワイで二〇〇一年に開催された国際民族科学会の主題は「伝統智との架け橋造り」であったが、同じく二〇〇四年六月にイギリスでも開催される予定である。
著者のキャサリン・M・コットンはイギリスのロエハンプトン大学で香辛料・薬用植物の研究をし、民族植物学を講義した後、今ではグリーンピース・インターナショナルで活動している。彼女は幅広い教養から、特定地域や民族に偏見をもたずに、この新しい学問の教科書を出版した。すばらしく聡明で行動力のある女性たち、レイチェル・カールソン、スーザン・ジョージ、バンダナ・シバらの著作に続き、本書も有機農業をさらにあまねく普及するために、基本的な思想と豊かで具体的な手法を与えてくれている。科学者だけが知識を創るのではなく、地域住民や先住民は自然に寄り添って多くの体験をし、思索を重ね、智恵の体系を築き、伝えてきた。本書は自然科学知の体系と伝統智の体系との比較をし、それらの特性の明瞭な差異を示している。長い歴史を超えて伝えられてきた豊かな伝統智を迷信などと一笑に付さないで、その深い含意を追求、解明し、次世代に継承、共有することが持続可能な植物資源利用、さらには文明社会の存続に有意義であることを論証している。敬愛する宮沢賢治の活動もこの伝統的智恵と科学的知識の体系の融合をめざしたのであろう。
科学技術と市場経済が一体となって支配する現代文明社会は、人口の激増と食糧不足、農林業の不調と食品安全性への不安および広範な環境問題の深刻化によって、その持続可能性があまりに疑わしくなってきた。近い将来、環境破壊の結果から生じると予測できる悲惨な事態を避けるために、今後とも諦めることなく、本書に多数紹介されているひたむきに生きる人々とともに、持続可能な文明社会のあり方を探りたい。科学技術と市場経済に頼らずに持続してきた伝統社会の智恵を学び、これと科学的知識とを統合した新しい知の体系の構築を求め、民族植物学を含む環境学が新しい文明の思想基盤となる学問に育つことを期待したい。
(木俣 美樹男)