―農薬の害から植物を守る
フランシス・シャブスー著
中村英司訳
発行:八坂書房
本体価格2400円+税
この本の著者、シャブスーはフランスの植物病理学者で、1933年から四十五年間、国立農学研究所で作物防除の研究をやり、定年後は新設の有機農業研究所の研究顧問として六年あまり研究活動をした。たくさんの研究論文のほかに、六冊以上の著書がある。はじめの頃は近代農業の植物防除の研究にうちこんでいたが、深く鋭い研究を通じて現代農業の持つ様々の問題を深く考えるようになり、特に合成化学肥料と合成農薬のもつ危険な影響の検討をはじめ、それに関してもいくつかの書物を書いたが、ここに訳出した「作物の健康」(1984)はその最後のもので、その死の直前に出版された。著者はその五十年にわたる研究生活の総決算としてこの書物を書いたのである。以下にその結論の大筋をかいつまんで書いてみたい。
近代農業には不可欠となっている合成化学農薬の効果は目覚ましく、目標となっている寄生者(害虫、かび類)を的確に殺すことは事実である。しかし、病虫害から保護されるべき作物に吸収された農薬は作物体内の生理(あらゆる代謝過程)に大きな影響を与え、とりわけそのタンパク質合成を大きく阻害することを発見した。その結果、タンパク質合成の素材となるアミノ酸など可溶性のチッ素化合物が体内に溜まってくる。また代謝の変化に対応して可溶性の単糖類も増加する。これらの可溶性の物質は害虫、病原菌などあらゆる寄生者にとって最適の養分となり、これらの寄生者を作物に引きつけ、そこで大量の養分を得て生命力と繁殖能力を高める。さらには農薬に対する寄生者の抵抗性も強まるという重大な結果を生じる。また除草剤などは、土壌中の有用微生物の生活に大きな悪影響を与え、作物による土壌養分の吸収を阻害する事実をも認識した。農薬のもつ、このような「副作用」に現代農業は全く気付いていないのである。
一方、近代農業での「生産性の向上」、つまり増収には合成肥料、とりわけ合成チッ素肥料が大きな貢献をしてきたことは、これまた事実である。しかし、化学肥料を多投することは土壌の中に大量の可溶性の養分を与えることであり、これを作物が吸収し、作物体内の栄養状態はバランスを失い、さらに例えば各種の微量要素の欠乏がおこりうる。当然、それは体内生理、例えばタンパク質合成の順調な進行を阻害する。その結果は農薬の場合と全く同じように、寄生者の増殖と生命力の増大をひきおこすことになる。
つまり、合成農薬と化学肥料はともに作物の生理、広く言えば作物の生命活動を乱し、本来それがもつ抵抗性を低下させている。それは作物の健康を損ない、病虫害にかかりやすくしているのだと、シャブスーは考えるのである。それはまた病害虫への抵抗性の低下と同時に、低温、乾燥などの環境変化に対する抵抗性をも弱めている。現代農業の目的である、「作物の生産力の増大と保護」の代償として作物を不健康にしているのが近代農業技術であると彼は考えているのである。
このような理解のもとで、健康な作物を育てる基礎となるのは、有機質に富み、生物活動のさかんな田畑で、自然界から得られる養分(肥料)を利用し、合成化学肥料や合成農薬を使わない有機的な農業である。この場合、微量要素の補給に重点をおいた葉面散布剤などの利用も効果的であるとしており、事実、これは古くから世界各地の伝統的農法で実行されてきた。さらに各種の病害虫の偶発的発生に対しては、やはり長い歴史のあるボルドー液や硫黄剤などの鉱物性の農薬の利用は作物の生理を損なうことが少ないと考えている。(シャブスーは植物性の農薬にはふれていない)。
以上は、「作物の健康」の中で、過去の多くの研究成果を引用しながら、著者が述べている考え方である。彼はさらにハワードの「農業聖典」などをも引用して、インドや中国での数千年にわたる農業の実績が、やはり同じ視点によって理解できることをも指摘している。
最後にシャブスーが心をこめて要望していることを私なりにまとめてつけ加えておこう。
彼自身が農場と実験室とを股にかけた農学研究者だったように、今後、真に健康な作物を生産する為の農業には、志ある実践的研究者が、健康な作物を作る為に努力する農家と手を携えて、一緒になって研究する重要性は計り知れないと考えており、そのような提携の実現を強く望んでいるのである。その意味で、この書物は、正にシャブスーの遺言のようにも思われる。
(中村英司)
目次から
第一部 農薬と生物的不均衡
第一章 農薬の使用による病虫害の激増
第二章 作物と寄生者との関係
第三章 植物の生理と病害虫抵抗性への農薬の影響
第二部 養分欠乏と病害
第四章 果樹栽培での合成農薬のゆきづまり
第五章 ウイルス病
第六章 ウイルス病の防除
第七章 接木と抵抗性
第三部 栽培管理と作物の健康
第八章 栽培法による作物の健康の変化
第九章 作物の健康管理