1960年代後半から、水俣病に象徴される近代科学・技術の弊害が「公害」として認知され、市民レベルでの反対運動が起きました。1971年、そのような近代合理主義、近代技術に対して、あるべき農業の姿を掲げ、農業生産者と消費者、研究者が手を携えて日本有機農業研究会が結成されました。結成趣意書は、その当時、化学肥料と農薬の多用により農業自身が近代工業と並ぶ「汚染者」であるという認識に立ち、未来に希望や展望を持てない近代農業の限界を指摘しました。そして、近代農法を抜本的に反省して、あるべき農法を探求しようとする農業者の相互研鑽の場として、農業者と農学・医学などの研究者とのネットワーク形成をめざして産声をあげました。