T「有機農業に関する基礎基準 2000年」の概要
日本有機農業研究会は、次の「解説」にみるように、自給と提携を基本にした活動をしていますが、早くから表示・基準問題にも取り組んできました。有機農産物の定義については1988年に提示し、基準については1996年から検討をして第27回総会(1999年2月)で「有機農業に関する基礎基準1999年」を採択し、そしてJAS認証制度を取り入れたうえで2000年2月、「有機農業に関する基礎基準2000年」を採択しました。
「有機農業に関する基礎基準2000年」の構成をみてみましょう。
はじめに、本会有機農業運動の目標ともいうべき、次のような10項目からなる「有機農業のめざすもの」を掲げてあります。有機農業への会員の想いはそれぞれですが、概ねの共通項を簡潔に述べたものです。
「有機農業に関する基礎基準2000年」の構成をみてみましょう。
はじめに、本会有機農業運動の目標ともいうべき、次のような10項目からなる「有機農業のめざすもの」を掲げてあります。有機農業への会員の想いはそれぞれですが、概ねの共通項を簡潔に述べたものです。
1 有機農業のめざすもの
【安全で質のよい食べ物の生産】
安全で質のよい食べ物を量的にも十分に生産し、食生活を健全なものにする。
【環境を守る】
農業による環境汚染・環境破壊を最小限にとどめ、微生物・土壌生物相・動植物を含む生態系を健全にする。
【自然との共生】
地域の再生可能な資源やエネルギ−を活かし、自然のもつ生産力を活用する。
【地域自給と循環】
食料の自給を基礎に据え、再生可能な資源・エネルギ−の地域自給と循環を促し、地域の自立を図る。
【地力の維持培養】
生きた土をつくり、土壌の肥沃度を維持培養させる。
【生物の多様性を守る】
栽培品種、飼養品種、及び野性種の多様性を維持保全し、多様な生物と共に生きる。
【健全な飼養環境の保障】
家畜家禽類の飼育では、生来の行動本能を尊重し、健全な飼い方をする。
【人権と公正な労働の保障】
安全で健康的な労働環境を保障し、自立した公正な労働及び十分な報酬と満足感が得られるようにする。
【生産者と消費者の提携】
生産者と消費者が友好的で顔のみえる関係を築き、相互の理解と信頼に基づいて共に有機農業を進める。
【農の価値を広め、生命尊重の社会を築く】
農業・農村が有する社会的・文化的・教育的・生態学的な意義を評価し、生命尊重の社会を築く。
安全で質のよい食べ物を量的にも十分に生産し、食生活を健全なものにする。
【環境を守る】
農業による環境汚染・環境破壊を最小限にとどめ、微生物・土壌生物相・動植物を含む生態系を健全にする。
【自然との共生】
地域の再生可能な資源やエネルギ−を活かし、自然のもつ生産力を活用する。
【地域自給と循環】
食料の自給を基礎に据え、再生可能な資源・エネルギ−の地域自給と循環を促し、地域の自立を図る。
【地力の維持培養】
生きた土をつくり、土壌の肥沃度を維持培養させる。
【生物の多様性を守る】
栽培品種、飼養品種、及び野性種の多様性を維持保全し、多様な生物と共に生きる。
【健全な飼養環境の保障】
家畜家禽類の飼育では、生来の行動本能を尊重し、健全な飼い方をする。
【人権と公正な労働の保障】
安全で健康的な労働環境を保障し、自立した公正な労働及び十分な報酬と満足感が得られるようにする。
【生産者と消費者の提携】
生産者と消費者が友好的で顔のみえる関係を築き、相互の理解と信頼に基づいて共に有機農業を進める。
【農の価値を広め、生命尊重の社会を築く】
農業・農村が有する社会的・文化的・教育的・生態学的な意義を評価し、生命尊重の社会を築く。
次に、「二 遺伝子組換え技術」について、まず<考え方>として、「遺伝子組換え技術により育成された品種の種子・種苗、作物体及び収穫物並びにそれらに由来する生産物は、使用してはならない」ことを明記しています。そして、<基準>においても、「1組換えDNA技術により育成された品種の種子・種苗は、使用してはならない」としています。
本基礎基準では、各項目について、<考え方>と<基準>を設け、<考え方>では望ましいあり方や基本となる考え方を示しています。<基準>は、有機農産物を認証する際の基準となるものです。
以下、「三」以降では、次のような項目について、それぞれ<考え方>と<基準>を記しています。なお、これには、別表として、使用可能な資材リストが付けられています。
本基礎基準では、各項目について、<考え方>と<基準>を設け、<考え方>では望ましいあり方や基本となる考え方を示しています。<基準>は、有機農産物を認証する際の基準となるものです。
以下、「三」以降では、次のような項目について、それぞれ<考え方>と<基準>を記しています。なお、これには、別表として、使用可能な資材リストが付けられています。
三 有機農業への転換
1 圃場の転換期間
四
1
2 栽培作物とその品種の選択
3 作物の多様性
4 土づくりと施肥
5 病害虫、雑草の管理
6 プラスチックの使用
7 野生植物
8 機械及び機具の使用
9 輸送、選別、調製、洗浄、貯蔵、包装その他の工程
10 景観
五 水田稲作
1 生産
2 病害虫及び雑草の管理
3 乾燥
4 籾擦りと精米
六 加工食品
1 一般原則
2 原材料
3 食品添加物及び加工助剤の使用
4 製造・加工方法
別表1〜3
1 圃場の転換期間
四
1
2 栽培作物とその品種の選択
3 作物の多様性
4 土づくりと施肥
5 病害虫、雑草の管理
6 プラスチックの使用
7 野生植物
8 機械及び機具の使用
9 輸送、選別、調製、洗浄、貯蔵、包装その他の工程
10 景観
五 水田稲作
1 生産
2 病害虫及び雑草の管理
3 乾燥
4 籾擦りと精米
六 加工食品
1 一般原則
2 原材料
3 食品添加物及び加工助剤の使用
4 製造・加工方法
別表1〜3
U解説 日本有機農業研究会における有機農業に関する基礎基準づくりの経過(要旨)
※本稿は、本会発行『「有機農業に関する基礎基準2000」とJAS認証制度をめぐる動き』所収の同表題解説の要旨です。
日本有機農業研究会・提携と基準部
はじめに・・「基礎基準」の性格と特徴
2000年2月の第28回総会(しまね)では、前年総会に採択された「有機農業に関する基礎基準1999年」を改定した有機農業に関する基礎基準2000年」が承認され、日本有機農業研究会の現実的な有機農業生産基準としての第一歩を踏み出しました。
折から2000年1月20日には、国の有機認証制度の基準となる「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)に基づく「有機農産物」及び「有機農産物加工食品」の日本農林規格(JAS規格)が農林水産省から告示されたところです(告示59号、60号)。周知のように、1999年7月のJAS法一部改正により、農産物および加工食品に「有機」等の表示を付して販売するには、これらの規格に適合していなければならないだけでなく、農林水産省管轄の登録認定機関による認定(認証)を受けたものでなければならなくなりました(2000年6月10日施行、経過措置により2001年4月より全面実施)。
本会の「基礎基準2000年」は、基本的には自主的なものですが、同時に国の基準であるこれらのJAS規格を満たした内容になっています。国の制度では、指定農林物資とされた「有機農産物」及び「有機農産物加工食品」については、その旨の表示や情報提供をするには、認証(認定)の有無にかかわらず、この規格を満たさなければならないので、避けて通れないからです。
「自主基準」であるゆえんは、主に次の三点です。
一つめは、冒頭に「有機農業のめざすもの」を10項目ほど掲げ、日本の有機農業運動が重きを置いてきた「地域自給」(身土不二、地産地消)や「生産者と消費者の提携」の理念をはっきりと打ち出したことです。
二つめは、農業技術と環境に係る基準として、目標や望ましいあり方を「考え方」として方向性を示したうえで、実際の「基準」を示す二段構えをとっていることです。たとえば、遺伝子組換え作物については原則として一切使わないことを打ち出したり、プラスチックの使用について塩ビなど一定のものの使用を制限したり、また、地域自給の観点から「輸送距離について、できるだけ短いことが望ましい」という考え方を示しています。
同時に、たとえば遺伝子組換え作物のとくに堆肥原料等への使用については一定程度の期限をつけて使うことという基準とし、実際的な基準にしてあります。
三つめは、国際的な視野においても、自主的な運動の視点をもつ国際有機農業運動連盟(IFOAM)の「有機生産と加工食品の基礎基準」との連携を図っていることです。ただし、単にIFOAMの基礎基準と同じにするのではなく、アジアにおける水田稲作のもつ意義をはじめ上述の地域自給など、独自の視点を強調したものになっています。
このように、本会の基礎基準は、有機農業の農業技術や環境条件について、あるべき方向性を示しながら、かつ現状に即しながら、内外に明らかにしたものといえます。
また、「基礎基準」とされたことは、会員団体や会員による認証団体等が基準を作る際に準拠する基本になりうるものになるようにしたからです。実際的なものであることから、「恒久的なもの」ではなく、今後改訂を重ねていくものです。(「基礎基準2000年」については、運用指針が内部にあります。)
会として基準を決めることについては、さまざまな議論がありました。有機農業はそもそも自由で自在なものであり、栽培方法についても地域条件や作目、経験などによって細かな点ではそれぞれ違います。理念も目的も、農法についても生き方や暮らし方、哲学の現れであり、多様であるからです。しかしながら、そうした本来の困難さはあるにしても、これまでの会の創設以来、すでに四半世紀を越える経験・蓄積のなかで、ある程度このようなものが有機農業といえるものだという農法が確立されつつあり、そのようなものの「共通項」も示されつつあります。
そうした前提で、次にみるように1996年には自主的な基準の検討が具体的に始まり、概ね次に記された経過を経て、基礎基準が定められたのです。
本会の基準づくりの経過をざっとみてみましょう。
折から2000年1月20日には、国の有機認証制度の基準となる「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)に基づく「有機農産物」及び「有機農産物加工食品」の日本農林規格(JAS規格)が農林水産省から告示されたところです(告示59号、60号)。周知のように、1999年7月のJAS法一部改正により、農産物および加工食品に「有機」等の表示を付して販売するには、これらの規格に適合していなければならないだけでなく、農林水産省管轄の登録認定機関による認定(認証)を受けたものでなければならなくなりました(2000年6月10日施行、経過措置により2001年4月より全面実施)。
本会の「基礎基準2000年」は、基本的には自主的なものですが、同時に国の基準であるこれらのJAS規格を満たした内容になっています。国の制度では、指定農林物資とされた「有機農産物」及び「有機農産物加工食品」については、その旨の表示や情報提供をするには、認証(認定)の有無にかかわらず、この規格を満たさなければならないので、避けて通れないからです。
「自主基準」であるゆえんは、主に次の三点です。
一つめは、冒頭に「有機農業のめざすもの」を10項目ほど掲げ、日本の有機農業運動が重きを置いてきた「地域自給」(身土不二、地産地消)や「生産者と消費者の提携」の理念をはっきりと打ち出したことです。
二つめは、農業技術と環境に係る基準として、目標や望ましいあり方を「考え方」として方向性を示したうえで、実際の「基準」を示す二段構えをとっていることです。たとえば、遺伝子組換え作物については原則として一切使わないことを打ち出したり、プラスチックの使用について塩ビなど一定のものの使用を制限したり、また、地域自給の観点から「輸送距離について、できるだけ短いことが望ましい」という考え方を示しています。
同時に、たとえば遺伝子組換え作物のとくに堆肥原料等への使用については一定程度の期限をつけて使うことという基準とし、実際的な基準にしてあります。
三つめは、国際的な視野においても、自主的な運動の視点をもつ国際有機農業運動連盟(IFOAM)の「有機生産と加工食品の基礎基準」との連携を図っていることです。ただし、単にIFOAMの基礎基準と同じにするのではなく、アジアにおける水田稲作のもつ意義をはじめ上述の地域自給など、独自の視点を強調したものになっています。
このように、本会の基礎基準は、有機農業の農業技術や環境条件について、あるべき方向性を示しながら、かつ現状に即しながら、内外に明らかにしたものといえます。
また、「基礎基準」とされたことは、会員団体や会員による認証団体等が基準を作る際に準拠する基本になりうるものになるようにしたからです。実際的なものであることから、「恒久的なもの」ではなく、今後改訂を重ねていくものです。(「基礎基準2000年」については、運用指針が内部にあります。)
会として基準を決めることについては、さまざまな議論がありました。有機農業はそもそも自由で自在なものであり、栽培方法についても地域条件や作目、経験などによって細かな点ではそれぞれ違います。理念も目的も、農法についても生き方や暮らし方、哲学の現れであり、多様であるからです。しかしながら、そうした本来の困難さはあるにしても、これまでの会の創設以来、すでに四半世紀を越える経験・蓄積のなかで、ある程度このようなものが有機農業といえるものだという農法が確立されつつあり、そのようなものの「共通項」も示されつつあります。
そうした前提で、次にみるように1996年には自主的な基準の検討が具体的に始まり、概ね次に記された経過を経て、基礎基準が定められたのです。
本会の基準づくりの経過をざっとみてみましょう。
1 表示問題と「有機農産物の定義」の設定(1988年)
本会が「有機」等の表示問題に具体的に取り組んだのは、「有機」等の表示が小売店や青果物市場に氾濫していた1987年のことです。
周知のように日本では、有機農業は、本会の創立(1971年)の前後から起きていた草の根の農業者・消費者のあるべき農業・食べ物や食べ方への追求から始まりました。生産者と消費者が直結し、自主的な配送による産直・共同購入という方法がとられ、「提携運動」「産消提携」と呼ばれて発展してきました。1978年には「生産者と消費者の提携の方法」といういわゆる「提携一〇か条」がとりまとめられて、会の活動の機軸となっています。
「提携」では、生産者と消費者は、形態はさまざまですが継続的な会や生協を作り、両者がじかに話し合い、作付や価格を取り決め、農法についても話し合い、相互理解と信頼関係の上にたった「顔のみえる」なかで農産物が取り交わされます。生産者にとっても、消費者にとっても、その流通経路も価格の成り立ちも「みえる流通」となっています。自主的な流通と会の活動を通して情報が行き交い、しかもその取引関係は継続的であるので、あらたまった表示も必要なく、また、偽りのものやウソ表示などの入り込む余地はほとんどありません。
有機表示問題が起きたのは、このような提携運動の外側、すなわち、一般の市場流通においてでした。本会は、表示問題や基準づくりの動きに対して、まず、1987年、会としての見解を公にしました(「有機農産物に対する規格基準等についての見解」農林水産大臣はじめ同省関係部局長に提出、併せて機関誌『土と健康』1987年10月号に掲載)。
翌1988年8月には、現状では「人々の有機農業への信頼感を損なう」「より高い目標に向かい努力している生産者の意欲を減退させるおそれ」があることから、会としての「有機農産物の定義」を定めました。
「定義:有機農産物とは、生産から消費までの過程を通じて化学肥料、農薬等の人工的な化学物質や生物薬剤、放射性物質などをまったく使用せず、その地域の資源を出来るだけ活用し、自然が本来有する生産力を尊重した方法で生産されたものをいう」 (なお、この定義には、1998年2月の総会で、遺伝子組換え作物の原則使用禁止が加えられ、「・・放射性物質、遺伝子組換え種子および生産物等をまったく使用せず・・・」と改定しました。)
ここでは、定義を「商品差別化のためのもの」ととらえずに、むしろ「継続的な運動目標」として理解するところに真意があるとしたうえで、「会として行政機関等を含め外部に対して、上記定義に合わない農産物に有機農産物の呼称を用いたり、用いさせないように働きかけていくこととしたい」と述べています(『土と健康』1988年9月号)。
このように、本会は最も早い時点で「有機農産物」の定義について示しましたが、その際に定義を敷衍した生産(栽培)基準については、「生産者相互、あるいは生産者と消費者間相互の交流を通じて定義が指向する目標に向かってさらに努力すること」としました。
周知のように日本では、有機農業は、本会の創立(1971年)の前後から起きていた草の根の農業者・消費者のあるべき農業・食べ物や食べ方への追求から始まりました。生産者と消費者が直結し、自主的な配送による産直・共同購入という方法がとられ、「提携運動」「産消提携」と呼ばれて発展してきました。1978年には「生産者と消費者の提携の方法」といういわゆる「提携一〇か条」がとりまとめられて、会の活動の機軸となっています。
「提携」では、生産者と消費者は、形態はさまざまですが継続的な会や生協を作り、両者がじかに話し合い、作付や価格を取り決め、農法についても話し合い、相互理解と信頼関係の上にたった「顔のみえる」なかで農産物が取り交わされます。生産者にとっても、消費者にとっても、その流通経路も価格の成り立ちも「みえる流通」となっています。自主的な流通と会の活動を通して情報が行き交い、しかもその取引関係は継続的であるので、あらたまった表示も必要なく、また、偽りのものやウソ表示などの入り込む余地はほとんどありません。
有機表示問題が起きたのは、このような提携運動の外側、すなわち、一般の市場流通においてでした。本会は、表示問題や基準づくりの動きに対して、まず、1987年、会としての見解を公にしました(「有機農産物に対する規格基準等についての見解」農林水産大臣はじめ同省関係部局長に提出、併せて機関誌『土と健康』1987年10月号に掲載)。
翌1988年8月には、現状では「人々の有機農業への信頼感を損なう」「より高い目標に向かい努力している生産者の意欲を減退させるおそれ」があることから、会としての「有機農産物の定義」を定めました。
「定義:有機農産物とは、生産から消費までの過程を通じて化学肥料、農薬等の人工的な化学物質や生物薬剤、放射性物質などをまったく使用せず、その地域の資源を出来るだけ活用し、自然が本来有する生産力を尊重した方法で生産されたものをいう」 (なお、この定義には、1998年2月の総会で、遺伝子組換え作物の原則使用禁止が加えられ、「・・放射性物質、遺伝子組換え種子および生産物等をまったく使用せず・・・」と改定しました。)
ここでは、定義を「商品差別化のためのもの」ととらえずに、むしろ「継続的な運動目標」として理解するところに真意があるとしたうえで、「会として行政機関等を含め外部に対して、上記定義に合わない農産物に有機農産物の呼称を用いたり、用いさせないように働きかけていくこととしたい」と述べています(『土と健康』1988年9月号)。
このように、本会は最も早い時点で「有機農産物」の定義について示しましたが、その際に定義を敷衍した生産(栽培)基準については、「生産者相互、あるいは生産者と消費者間相互の交流を通じて定義が指向する目標に向かってさらに努力すること」としました。
2 有機表示ガイドライン・JAS法改正への反対運動(1991年〜93年)
その後、農林水産省は1991年4月から「有機農産物等の特別表示ガイドライン」の検討を始めます。これに対して本会は、表示基準等の設定をすること自体に反対する立場を明らかにしました(「農水省の青果物等特別表示検討委員会設置方針についての本会の見解」として『土と健康』1991年5月号に掲載)。
素案が出された後、本会だけでなく、主婦連合会、消費科学連合会、東京都地域婦人団体連絡協議会、日本消費者連盟、食・農ネットなどの消費者団体が、表示ガイドラインのなかに「減農薬」や規定の緩い「無農薬」などの表示区分が入っていてわかりにくい表示ガイドラインであることに対して、反対運動をくりひろげました。消費者団体の主張は、主に、「有機農産物」という表示区分一本にして簡潔なものにすること、そして、表示対策だけでなく、有機農業推進策を同時に進めることなどでした。
本会や「大地を守る会」「生活クラブ生協」などの有機農産物流通に関係する団体なども根本的なところから表示ガイドラインを批判しました。記録があるので詳細は省きますが(文末参考文献参照)、農林水産省の「有機農産物」の表示に対する考え方は、有機農業という“特別の栽培方法”をすることによって“価値が高くなる”というものであったので、そのように特殊視するのではなく、有機農業を本来のあたりまえの誰もが求める農業として農政の根幹に位置づけ、農政全体として推進すべきであり、表示規制が先行するのは政策の方向付けが逆立ちしているという批判をしたのです。
しかし、反対運動にも関わらず、1992年10月に表示ガイドラインは制定され(次官通達)、翌93年4月から施行されました。さらに、1993年に入ると、有機農産物の生産基準を想定した「作り方JAS(特定JAS)」をJAS法に導入するJAS法一部改正法案が浮上しました。これに対しても、同様の理由から、とくにJAS法の一規格に「有機農産物」の生産基準が矮小化されることに対して反対をし、国会農林水産委員会でも反対意見を代表幹事が述べました。しかし、これも、1993年6月、改正法案が可決成立し、「有機」関係の表示の認証制度の枠組みが定められました。
素案が出された後、本会だけでなく、主婦連合会、消費科学連合会、東京都地域婦人団体連絡協議会、日本消費者連盟、食・農ネットなどの消費者団体が、表示ガイドラインのなかに「減農薬」や規定の緩い「無農薬」などの表示区分が入っていてわかりにくい表示ガイドラインであることに対して、反対運動をくりひろげました。消費者団体の主張は、主に、「有機農産物」という表示区分一本にして簡潔なものにすること、そして、表示対策だけでなく、有機農業推進策を同時に進めることなどでした。
本会や「大地を守る会」「生活クラブ生協」などの有機農産物流通に関係する団体なども根本的なところから表示ガイドラインを批判しました。記録があるので詳細は省きますが(文末参考文献参照)、農林水産省の「有機農産物」の表示に対する考え方は、有機農業という“特別の栽培方法”をすることによって“価値が高くなる”というものであったので、そのように特殊視するのではなく、有機農業を本来のあたりまえの誰もが求める農業として農政の根幹に位置づけ、農政全体として推進すべきであり、表示規制が先行するのは政策の方向付けが逆立ちしているという批判をしたのです。
しかし、反対運動にも関わらず、1992年10月に表示ガイドラインは制定され(次官通達)、翌93年4月から施行されました。さらに、1993年に入ると、有機農産物の生産基準を想定した「作り方JAS(特定JAS)」をJAS法に導入するJAS法一部改正法案が浮上しました。これに対しても、同様の理由から、とくにJAS法の一規格に「有機農産物」の生産基準が矮小化されることに対して反対をし、国会農林水産委員会でも反対意見を代表幹事が述べました。しかし、これも、1993年6月、改正法案が可決成立し、「有機」関係の表示の認証制度の枠組みが定められました。
3 基準検討委員会の発足と討議資料の作成(1996年〜1997年)
1 本会の基準検討委員会の発足(1996年)
1995年からは、表示ガイドラインの見直しのための検討委員会が再開されました。表示ガイドラインは施行されていたので、これには、本会からも事務局長(当時)が委員として参加し、積極的に本会の意見を表明しました。また、農林水産省は、生産基準についての研究会も設置したので、これにも会から生産者を委員として派遣し、参加しました。食糧管理法の廃止にからんで、米麦も表示ガイドラインの対象品目とした際にも、意見を表明するなど、概ね積極的な関わりをもってきたところです。そのような活動を通して、ガイドラインに反対する意見を出すだけでなく、自分たちの意見を実地に示すことの意義も明らかになってきました。「自分たちのめざす有機農業とはこのようなもの」「自分たちはこのようにやっている」ということの共通認識を明文化して示すことが求められるようになってきました。
前述したように、1987年と88年に規格化に対して見解を示した当時は、「有機農産物の定義」に合う生産方法は、まだ全体として確立されたものではなく、「継続的な運動の目標」とされたのでしたが、本会設立から四半世紀経って、有機農業の経験も積み、農業技術的にも実績ができてきたことから、自主的な生産基準をつくろうという機運が出てきました。
1996年2月の全国幹事会・総会では、「独自の『有機農業とは何か』について、・その理念や原理、・社会的意義ないし主要目標(健康・安全・環境、地域自給、提携など)、・技術的側面についてあるべき方法などを、「定義」「基準」あるいは「規範」「取り決め」という形でとりまとめる方向へ向けて検討を始める」(全国幹事会資料より)ことが提案されました。そしてその年の8月、全国幹事会では、「基準検討委員会」を設置することを決めました。それにより、9月に、本会の「基準検討委員会」が19名(委員長澤登晴雄代表幹事、委員のうち8名が生産者)で発足しました。
2「討議資料」の作成(第1次1997年2月、第2次1998年2月)
基準検討委員会では、まず、国際有機農業運動連盟(IFOAM)の「有機農業及び食品加工の基礎基準(1996年版)」を精読し、日本の状況とのすり合わせを行うことにしました。主に生産者の委員がIFOAM基礎基準の各項目に沿って自分たちの経験・やり方を出し合い、「私たちだったらこの項目はこう書く」という視点から話し合って検討し、基礎基準の各項目を書き直していったのです。なぜIFOAM基礎基準を参考にしたかというと、これは、
・有機農業生産者が中心になってつくった欧米の有機農業運動団体の基準を基につくられたものであること、
・また逆に、それを基礎にして多くの団体の基準がつくられていること、
・EU基準、米国基準、コーデックス委員会基準案も多かれ少なかれ、同様の枠組みとなっていること、
・「基礎」になる基準として、IFOAM総会等で常に検討が加えられ更新されており、国際有機農業運動の規範としての位置づけを確立している、
などの理由から、本会が基準を考える際の有力な枠組み及び内容を提示していると考えたからです。IFOAM基礎基準の特徴は、上記の他に、
・「目的」「理念」などについては、直接「理念・目的」と規定することを避け、有機農業が社会的に認められてきた背景などを「前文/序」として掲げるなどの工夫をしている、
・「有機農業の目標」を冒頭に掲げて、有機農業は、社会・文化的側面、倫理的側面、環境保護的側面、さらに労働などの社会的公正にも言及している、
・農業の技術的な基礎基準として、「目標・推奨項目/望ましい方法」と「最低の要件」の二段構えをとり、現状を認めつつ、「あるべき方向性」を示すものとなっている、
・すなわち、同基準は、現状を反映したものであり、改訂を重ねていくものであることが示唆されていること
などがあげられます。このようなIFOAM基礎基準の特徴は、基準検討で本会がめざしている、農業の技術的・環境的側面の現状の到達点の共有、有機農業をいっそう広めるための目標の明確化、有機農業の規範を示すなどの目的にも合っています。これらが、IFOAM基礎基準を精査しようとした理由です。
基準検討委員会は、精力的に検討を重ね、1997年2月総会(山梨県石和)において、中間報告として「IFOAM基礎基準を参考にした討議資料(第1次)」を発表しました。
翌1998年2月総会(京都)においては、「有機農産物の定義」を一部改定(遺伝子組換え種子・作物の使用禁止)するとともに、当面、「有機農業の定義」に代わるものとしての「有機農業のめざすもの」(10項目)を提案し、承認。「IFOAM基礎基準を参考にした討議資料(第2次)」についても発表し、承認を受けました。
この間、活発とはいえないものの、いくつかの地域において、討議資料を題材にした意見交流会やシンポジウムなどが開催されています。
3 IFOAMの「基礎基準」とは
ここで、国際有機農業運動連盟(IFOAM)について少し述べておきましょう。IFOAM(International Federation of Organic Agriculture Movement) は80カ国以上の約500団体の有機農業団体及び関連団体のつくる世界大のNGOです。1972年、国連環境と人間会議がストックホルムで開かれて反公害運動、環境保護運動が盛り上がったうねりと連動してヨ−ロッパで生まれ、その後欧米の団体を中心に活動が行われてきました。有機農業の普及、政策提言、意見の反映、生産・加工・流通基準の設定と更新などの活動を行い、隔年にIFOAM科学会議(いわゆる世界大会)を開催しています。現在は第三世界にも活動が広がっています。
IFOAMは、1982年、有機農業生産者団体が中心になって「有機農業及び食品加工の基礎基準」を作成し、その後改定を加えて更新してきました。これは、有機農業に取り組むための世界全般に通用する方法の枠組みを記述したものです。さらに、「社会的権利と公正、コーヒー・カカオ・茶、投入物の評価に関するガイドライン」も付け加えられています。
この基礎基準は、欧米の有機農業運動の発展と軌を一にしてきました。すなわち、欧米の有機農業生産者団体は、表示の混乱に対していち早く基準と認証を整備し、認定マークによる表示により積極的に市場での製品差別化を行って一定の地位を占めていくという方法で有機農業を推進させてきました。基礎基準は、これをひな型として示し、そのような方法をよりいっそう普及させ、国際的な市場においても機能させようというものです。
この過程で、加工業者、流通業者の影響力が増大していることは否めません。しかしながら、いずれにしてもこのような方法は各国で法制化され、さらにEU基準や米国全国基準、コーデックス委員会委員会基準案にも同様の枠組みが反映されるに至っています。
本会は、IFOAMの古くからの会員団体であり、総会への出席などを通して連携を保ってきました。しかし、その活動方針に歩調を合わせていたわけでは決してなく、むしろ、IFOAMの市場指向の基準認証推進には批判的な立場をとり続け、IFOAM総会に参加するたびに、「提携」と、そして地域の自然と資源と文化を活かした小農有畜複合型の多品目栽培による農家自身の自給を基礎にした地域自給の意義を説いてきました。1993年8月には、日本で第一回IFOAMアジア会議を本会が中心になって「提携」をテーマに開催したこともあり、IFOAMにおいても、第三世界の参加や欧米における「提携」と同じようなCSA(地域が支える農業)や直接取引の増加などととともに、そうした関心も広がってきています。
4 「基礎基準」の策定と認証問題(1997年以降)
認証問題について本会は、「基準検討委員会」(1996年9月発足)において問題点をとりまとめることとし、折々に関心を払ってきました。1997年になると、農林水産省は、「有機食品の検査・認証制度検討委員会」を発足させます。この委員会には、本会の推薦する学識者が参加することにしました。基準はともかく、認証制度の導入それ自体に対して反対したり否定する声が会員のあいだに少なからずあったからです。
もとより、農林水産省の有機認証制度の導入は、国際的な協調やグローバル化のなかで強まってきた「国際規格」への整合化の動きのなかで図られたものです。GATTのウルグアイ・ラウンド後のWTO(世界貿易機関)設立協定のなかで、「国際規格」を決める場としてFAO/WHO合同食品規格委員会(コーデックス 委員会)が用いられるようになりました。
コーデックス委員会では、その食品表示部会において「有機」の生産等の基準(ガイドライン)が検討されてきましたが、1998年5月の部会で合意され、翌99年7月に本決まりとなりました(畜産は2000年)。したがって、日本の農林水産省の制度化は、そこでの有機認証制度の審議の進展に合わせて進められてきました。
農林水産省は、1998年11月、先の検査・認証制度検討委員会の「早急に制度導入」という報告を得て、1999年三月には、認証制度をJAS法において実施するためのJAS法一部改定案を国会に上程します。これに対して本会は反対し、通過の際には付帯決議を付けるのに努力し、その後も『「有機農業に関する基礎基準2000」とJAS法一部改定をめぐって』(本会発行)に収載したように一連の動きがあるわけですが、改正法は7月に成立して公布され、それが2000年6月になって施行されました。
このような動きのなかで、本会の「討議資料」として提案された基準素案も、1999年2月、第27回総会(茨城県つくば市)において、「有機農業に関する基礎基準1999年」として提案・採択されました。そして、冒頭に述べたように、今年2000年2月の総会で、実際に使えるものとして「基礎基準2000 年」がスタートを切ったのです。
そして認証問題に関しては、1999年8月24〜25日に開催された全国幹事会で、JAS法改正案に対する取組みの経過や基準・認証問題への取組み、各地での認証に向けての報告の後、本会としての今後の対応が協議し、「本会が検査・認証に係る準備をする」という文言で、本会として、何らかの方法で認証に係る方向が打ち出されました。すでに、各地の連携を図るために、認証連絡協議会が開催されてきたところです。その後も連携を図りながら、2000年8月現在、8団体が農林水産省の登録認定機関になるための申請を出しています。
もとより、農林水産省の有機認証制度の導入は、国際的な協調やグローバル化のなかで強まってきた「国際規格」への整合化の動きのなかで図られたものです。GATTのウルグアイ・ラウンド後のWTO(世界貿易機関)設立協定のなかで、「国際規格」を決める場としてFAO/WHO合同食品規格委員会(コーデックス 委員会)が用いられるようになりました。
コーデックス委員会では、その食品表示部会において「有機」の生産等の基準(ガイドライン)が検討されてきましたが、1998年5月の部会で合意され、翌99年7月に本決まりとなりました(畜産は2000年)。したがって、日本の農林水産省の制度化は、そこでの有機認証制度の審議の進展に合わせて進められてきました。
農林水産省は、1998年11月、先の検査・認証制度検討委員会の「早急に制度導入」という報告を得て、1999年三月には、認証制度をJAS法において実施するためのJAS法一部改定案を国会に上程します。これに対して本会は反対し、通過の際には付帯決議を付けるのに努力し、その後も『「有機農業に関する基礎基準2000」とJAS法一部改定をめぐって』(本会発行)に収載したように一連の動きがあるわけですが、改正法は7月に成立して公布され、それが2000年6月になって施行されました。
このような動きのなかで、本会の「討議資料」として提案された基準素案も、1999年2月、第27回総会(茨城県つくば市)において、「有機農業に関する基礎基準1999年」として提案・採択されました。そして、冒頭に述べたように、今年2000年2月の総会で、実際に使えるものとして「基礎基準2000 年」がスタートを切ったのです。
そして認証問題に関しては、1999年8月24〜25日に開催された全国幹事会で、JAS法改正案に対する取組みの経過や基準・認証問題への取組み、各地での認証に向けての報告の後、本会としての今後の対応が協議し、「本会が検査・認証に係る準備をする」という文言で、本会として、何らかの方法で認証に係る方向が打ち出されました。すでに、各地の連携を図るために、認証連絡協議会が開催されてきたところです。その後も連携を図りながら、2000年8月現在、8団体が農林水産省の登録認定機関になるための申請を出しています。
おわりに
以上が、本会の基準づくりについての経過のあらましです。本会は、基準と認証問題に関して、次のようないくつかの冊子を出してきました。ただし、1993年、および98年のものはすでに品切れです。前回の冊子を刊行した1999年2月以降、ほぼ一年半経ったこの夏までの動きは、『「有機農業に関する基礎基準2000」とJAS認証制度をめぐる動き』(2000年8月刊)に収められています。ご参照いただければ幸いです。